ダイニング・ワークスペース
ダイニング・ワークスペース

ほんとのいえ

Yokohama, JP 2015

横浜市にある築40年の木造住宅を改修して1万5千冊の本と暮らす研究者ご夫妻の家にしました。改修前の住宅では、大量の本が整理しきれず、所有していると判っている本でも探し出すよりもネットで買った方が早いということで同じ本を何冊か買ってしまっていたということです。

生活

場所は横浜市港北区、東横線沿線の駅から徒歩五分程の住宅地にある築40年ほどの木造住宅です。ここに住まわれているのは、お二人とも研究職のご夫婦とそのお父様です。ご自宅でもご自身の研究を追求されているお二人には、一般的な間取りは必要ありませんでした。ご依頼は、1Fをお父様のためのバリアフリー住宅にして、2Fに膨大な蔵書を建物の中に押し込めたいというシンプルな物でした。設計の初期段階では、書庫のようにどれほど効率的に本を収納出来るかという計算を行ったりしました。設計を進めていく中で単に本を詰め込むのではなく膨大な本のボリュームと生活空間をどのように馴染ませていくのかが設計の主題になりました。

本棚と重心と耐震性能

この既存建物の敷地は、崖の上にあり。大量の本を収納することで、建物重量は増します。それは急勾配の崖に向かって力が掛かることを意味します。古い設計図が残っていたので確認すると、杭はあるようでしたが、古い建物ですので念のため対策を講じました。そこで、この建物の最大の特徴となる膨大な本の重量を錘として利用し、建物の重心バランスを崖とは反対側に移動するアイディアにより崖への負担を減らすことにしました。ちょうどヤジロベイのバランスを崖とは反対側に傾けるようにしました。

光と風vs威圧的な本棚

重心をズラすことで、構造的には良い方向に向かったのですが、間取り的には本を置くエリアが限定されます。エリアが限定されると密度が高まり、圧倒的な本棚の塊となります。大量の本棚は壁のように立ちはだかり、風を止め、光を遮ります。本がたくさん入るのは良いのですが、建物としてなにかが抜け落ちてしまった空間となります。ご主人が打合せの中でおっしゃっていた言葉が思い出されました「本は背表紙が見えてなければ死んじゃう(活用出来ない)んですよ。」

遊歩道を散歩するように本の道を歩く

この言葉を頼りに設計を組み立て直しました。大量に詰め込むだけでなく、遊歩道を散歩するように本の中を歩き日常の中に背表紙が目に触れるような設計に方針を変えました。資料が広げられる様に本棚に穴を開けたり、絵を掛けるスペース、腰掛ける場所、小机と椅子、楽器を置く場所、畳に寝転がる場所、倉庫のような静的な本棚空間が、どんどん動的な表情が生まれ変わっていきました。それぞれの場所に個性的な表情が生まれ、単調になりがちな本棚空間にそれぞれの性格付けが出来ました。お施主様は竣工後とりあえず本を収め、「どの本をどの棚に置くか棚の整理を楽しんでいきます。」とおっしゃっていただけました。

没頭

本棚スペースの対面に大きな窓がいくつもあります。かつては部屋ごとにあった窓です。これらの窓を繋ぐようにワークデスクがあります。ご夫婦の主な仕事場として用意したデスクです。資料を広げるのにも十分な広さを確保しています。背後の本棚とは対照的に緩いカーブを描いていて奥まで続いており、細かく区切られていたかつての間取りとは違い、この空間の奥行きを強調しています。このデスクに座ると目の前に緑と低層の住宅街が広がり、とても眺めの良い場所になっています。原稿に没頭して夜が明けると目の前の街が白け朝日が差す光景に充実感を感じてとてももよいと好評をいただいております。南に面する席なので、夏期の日差しを電動式のオーニングで遮り、冬期の冷気は内窓の増設で対処しています。

ホスピタリティー

本に対するこだわりは玄関にも及んでいます。お施主様ご夫婦の職業柄、著作家の方が訪問されることがあります。これだけ本にちなんだお家なので、折角であれば著作者の方の来訪を歓迎出来るようなこの家ならではのホスピタリティーが表現出来ないかと考えました。決して広くない玄関なので要素が限られていました。そこで、下駄箱の扉一つ一つに本を飾ることの出来る下駄箱本棚を作りました。物書きの来訪者にはその著作を飾り歓迎の意を示せたらというアイディアです。もし私が著作者でこんな歓迎を受けたら、きっと忘れない訪問になると思いながらデザインしました。

改修でも本当の家

ご依頼いただいたときは蔵書を押し込むというイメージでスタートしたのですが、検討を重ねる毎に建物に込める想いが深まっていきました。特に本棚の中を遊歩道のように歩き回るというアイディアに、お施主様と設計者である私との合点が見つかったことで、デザインの展開が広がりました。ともすれば、古いものを直すだけと思われがちな改修工事ですが、既存建物の制限を受けながら、その中で工夫を凝らしながらお施主様と検討を重ねていく作業は、とても創造的です。新築でなくとも、お施主様の本当の家を自由に創り上げることが出来たと自負しています。

ダイニング・本棚スペース
生活空間と馴染むように本棚を設えているこの住宅では、本棚スペースに多様な表情があります。それは、本棚の圧倒的な威圧感を少しでも緩和したいことと、風や光を住宅内に回り込ませるためです。具体的には本棚にいくつかの穴を開けたり、棚の背板を無くしたり、一休み出来る休憩スペースのようなコーナーを設けたりしています。畳を敷いたコーナーは、お施主様にも評判が良いコーナーの1つです。
ダイニング・ワークスペース
ご夫婦とも研究職である為大量の本と資料があります。本を活かすためにも背表紙を見せて収納しています。本の多くは、写真向かって左側にほとんどを収納していますが、一部腕のように延びた吊り本棚がワークスペースまで届いています。こうすることで空間全体が本棚と生活がミックスした印象になります。大量の本の家ではなく、お施主様のライフスタイルがにじみ出るような本当の家になればと思い改修設計していきました。
ダイニング・ワークスペース
本棚スペースを背にして、ワークスペースを見ています。圧倒的な物量に反して、こちら側は開放的な景色が広がります。このメリハリにより仕事への没頭が促されればと考えて設えました。開口部は南に向いており、夏期の強い日差しを避けるために、外部に電動オーニングを設置して対処しています。窓には断熱性の高い内窓を増設し冬期の性能を格段に上げています。
ダイニング・ワークスペース見返り
既存建物では4つの部屋に小分けされていたスペースをつなげてダイニング・ワークスペース及びキッチンとしているこれらを間仕切り無しの続きスペースとすることで、素晴らしい奥行きを得ることが出来ました。この奥行き感と開放性と視線の抜けにより、大量の本の物量・圧迫感を軽減する効果をもたらしています。大きなワンルームにすることで心配される冷暖房効率は、断熱性能を上げることで対策を講じています。
本棚スペース・畳スペース
本棚スペースの奥には、畳を敷いたコーナーが用意されています。低く垂れ下がった吊り本棚により、座の空間になるように設えています。さながら本棚の三畳茶室のような雰囲気です。仕事の合間の休憩や、親しいゲストの宿泊用として用意しています。お施主様に評判の良いコーナーの1つです。
本棚スペース・ワークスペース(小)
同じく本棚コーナーの奥にある小机のあるコーナーです。ちょっとした調べものや、気分転換の作業場所として重宝されています。勾配天井の棚部分については大型本のコーナーにするなど有効利用を図っています。右下の本棚のない白い部分は、将来楽器(電子ピアノ)を置くスペースとして用意しています。

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