名古屋ハリストス正教会「神現聖堂」
Nagoya, JP 2010
名古屋市昭和区に建つ正教会の聖堂です。聖堂・信徒会館・司祭館と3つのプログラムを変形した旗竿敷地の有効活用を図りながら設計しました。また同時に正教会の聖堂としての佇まいと空間になるように拘ってデザインしています。
敷地の特性を活かす
場所は名古屋市昭和区山脇町の住宅街の中です。周辺には大きな公園がありとても良好な環境です。この教会の敷地はとても特徴的で不動産用語で旗竿敷地と呼ばれる変形した敷地です。道路と接している部分が細い通路状になっています。そのためアクセスはここに限定されます。工事の際は、搬入経路などが限られ手間がかかります。また、竣工してからも車両の出入りが限定される上に、距離が長く、転回などのスペースが必要になってくるため建物の配置計画が難しい案件です。しかしデメリットばかりではありません。市街地の密集敷地において敷地の有効活用は大変重要な要素です。逆に言うと、無駄なスペースが作れません。旗竿敷地ですと、その敷地形状であるがために、アプローチ空間が必ず確保されることになります。これは、聖堂のような類いの建築を作るにはとても有用な効果をもたらします。つまり、聖なる空間に入っていくのだと言う心の準備をする空間を自然に作り出すことが出来るのです。また同時に、ほどよいアプローチ空間を持つことで、視界に引きが確保できます。それにより教会のアイデンティティーの一部を担う聖堂の顔をしっかりと来訪者や街に対してアピールすることが出来ます。
物語の強度
名古屋ハリストス正教会は、移転新築でした。この敷地から車で10分ほどの場所に旧聖堂がありました。老朽化と共に、祭事の折に手狭になったことや、司祭館の老朽化も進み住環境の改善が必要でした。様々な理由が重なり移転新築の計画が進みました。設計のご相談をいただいた際に神父さまからのご要望で印象的なものがありました。それは聖堂が手狭になってきたので広くしたいが、広くした際に信徒の方々との距離感も広がってしまうのではないかという懸念があるとことでした。つまり広げたいけど広げたくないと言う矛盾したものです。この矛盾した要望に依って聖堂計画のとても大きなヒントをもらいました。設計では、聖所のサイズは旧聖堂と同じにし、祭事の参列者増加には、2階バルコニー席及び聖所と献灯所との仕切りを全面開口建具で設えることでご要望にお応えしました。この一連の設計経緯は、今後この教会を運営していく上でとても重要なことだと感じました。仮にさらに信徒の増加により教会堂が手狭になったとしても、この神父様の思いを新しい世代の信徒の方々にも伝えていけば、聖堂を安易に建て替えるようなことは無いのではないかともいます。出来るだけ長く残ってもらいたい建物には、耐震強度も必要ですが、建物についての物語の強度も必要だと考えています。この聖堂にはこう言った物語が多く詰まっています。
聖堂の空間と音響
聖堂を設計するにあたり、様々な要望をいただくのですが、そのなかでも頭を悩ますことのひとつに音響があります。聖歌の響きについては、とても難しいです。また、響くことと相反して話し声は、響き過ぎると聞き取りにくいと言うことになります。コンサートホールのような規模であれば、専門の音響設計者に協力をお願いするのですが、この規模の建物では費用的に厳しいのが現実です。今回は内部空間が非常に単純な立方体に近かったので、悪い響きをもたらす場所が予測しやすかったためある程度対策を事前に施すことが出来ました。竣工してみないとわからない部分も多かったので、ドキドキしましたが、ちょうど良い具合に歌が響くと評判は上々でした。
聖堂と司祭館の位置関係
この敷地に聖堂と信徒会館と司祭館(住宅)の三種類の機能をいれる必要がありました。先にも書いたとおり特殊な敷地形状であるため、南側からのアプローチとなります。そうすると手前に聖堂を作る必要があるため、司祭館は奥に押しやられます。つまり住宅の南側に大きなボリュームの建物があり住宅としての良好な環境を奪うことになります。教会堂を作るのが一義的な要望なので仕方ないと言えば仕方ないのですが、簡単に諦めきれない部分です。こうした条件でも快適に生活していただく住宅とするために、ハイサイドライトとトップライトを活用し、更に断熱性能を上げることで快適な住環境を実現しています。
正教会としての佇まい
正教会の聖堂としてどのような設えが適当なのかについて、当初から考え続けて設計しました。建設部会内の打合せでは、あの様式が良い、この様式が良いといった様式の選択に話に重点がおかれるシーンが少なくありませんでした。しかし、建築は敷地形状に会わせた間取りを作り、そのボリュームに対してどのような外観にするのかを考えていかないとそれぞれの要素に統一性がなくなりちぐはぐなものになってしまいます。特に様式美を既に持っている教会堂のような建物に関しては、ついそちらに議論が集中してしまう傾向にあります。伝統的な価値を重んじるケースであればあるほど、設計初期には様式等の形式にとらわれず、敷地の特性についてのリサーチや機能性、性能、街との関係等についての議論に集中することが重要であると感じました。その後ある程度の方向性が定まってくれば正教会の聖堂としての佇まいとはどのようなものかを思う存分検討出来ます。結果としてある様式を選択することにはなりますが、このようなプロセスを経ることで敷地の特徴と機能性と意匠性との整合性がとれた聖堂が完成するのだと思います。